小学生のための伝説民話

      小学校の先生へ。ぜひ、子供たちに話してあげてください。


    弘法大師の伝説


       今から1200年も昔のことです。
       弘法大師(空海)という立派なお坊さんがおりました。
       真言宗(しんごんしゅう)という宗派を開いた人です。

       空海は、唐の国(今の中国)へ渡って仏教を勉強して日本へ戻ってきました。
       
       今なら、外国へ行くのも簡単です。
       成田空港からジャンボ ジェットに乗れば良いのですが、昔は大変。
       荒れる海を木造の船で渡らなければなりません。
       唐への留学は、本当に命がけだったのです。
       
       さて、日本へ戻った弘法大師は、仏様の教えを人々に広めようと全国を歩いてめぐり、千葉県にもやってきました。
       そして、色々な伝説が生まれました。
       人々の暮らしに必要な、水や食べ物に関した話が、ほとんどです。


       では、最初は『塩井戸』というお話です。


       安房国(千葉県の南部)の山深い神余(かなまり)という土地に、一人の旅の僧がやってきました。
       その村には、夫に先立たれた女が、その霊を弔(とむら)いながら一人で貧しい暮らしをしていました。
       その家を、僧が訪ねたのです。
       
       心優しい女は、小豆粥(あずきがゆ)を作り、僧をもてなしました。
       「いただきます」と言って、僧はお椀を手にして小豆粥を食べました。
       ところが、まったく塩味がしないのです。
       これでは、せっかくの小豆粥もおいしいはずがありません。
       
       「どうして塩味がしないのですか」と僧はたずねました。
       すると女は、「余りにも生活が貧しく、塩を買うこともできません」と答えたのです。
       
       山里での暮らしの大変さを知った僧は、すぐに家の外へ出ました。
       そして、近くを流れる川の岸へ下ると、地面に杖(つえ)を突き立て祈願(きがん)したのです。
       それから、杖を引き抜くと、不思議なことにブクブクと塩辛い水が噴き出すではありませんか。
       
       その旅の僧こそ、諸国をめぐっていた弘法大師でした。
       
       この井戸は『塩井戸』と呼ばれ、海から離れた山里の人々に、貴重な塩を与え続けたことでしょう。
       
       『塩井戸』は、今でもはっきりとわかる円形の井戸で保存され、
       『神余の弘法井戸』として県指定有形民俗文化財でもあります。
       
       次ぎは『石芋』というお話です。
       
       
       811年(弘仁2)の秋のことでした。ある村の女が、道端の井戸で畑から取った芋を洗っていました。
       すると、旅の僧が通りかかり、「その芋を一つくれないかね」と声をかけたのです。
       
       女はジロッと僧を見て「これは石芋だ。煮ても焼いても固くて食えねえよ」と答えたのです。
       その言葉を聞いた僧は、黙って立ち去りました。
       
       さて、家に戻った女は、芋を食べようとかまどの鍋でグツグツと煮たのです。
       ところが、いくら煮ても固くて石のようです。「こりゃ、とても食べられねえ」。
       
       女は芋を井戸へ捨てたのですが、「どうしてこんな不思議なことが起こるんだ?」と考えました。
       そして、「もしや、あの坊さんは弘法大師さまではなかったのか」と思いました。
       「そうか、私のような欲深い者を、正しく導くために旅をしているのだ」と女は、深く後悔(こうかい)したのでした。
       
       それから月日が流れ、井戸では女が捨てた芋が芽を出しました。
       芋は、夏の炎天下にも枯れず、冬の寒さにも耐えて育ち続け、青あおと葉を茂らせたのです。
       
       その話は広く人々の耳に届き、各地から多くの人がお参りに訪れるようになりました。
       
       江戸時代になってから、井戸の側にお堂が建てられました。
       
       多古町のバス停・井戸山の前に建つ小さなお堂が『大師堂』です。
       境内には、『石芋大師の井戸』が残り、今でも芋が緑の葉を茂らせています。
       芋の種類は、サトイモのようです。
       井戸は地元のおばさんたちが時々掃除してくれているようで、ゴミもなくきれいです。

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